ネタ帳こと
仕事の休憩の合間に百円均一ショップで、リング付きのメモ張を買った。いつもは、駐車場の車の出入りや歩行者を誘導する警備員の仕事をしている。
駐車券を発行の仕方がわからないお年寄りの案内をしたり、付帯する商業施設に納品するトラックのバック誘導したりするのが、もっぱらの仕事だ。
そんな作業の合間をぬって、ポケットに忍ばせている手帳に、ノック式のボールペンで文章作成のネタになりそうなことが頭に浮かぶと、それを書きつけるのだ。
先ほども駐車場に最新鋭のEV車のテスラとトヨタのプリウスが停まっていて、その対比がネタになりそうなので書き留めた。
なんでそんなことをするのかって?
それは、友人に『君がメールでくれる文面がボキャブラリーが豊富だし、おもしろいので是非何か書いてみると良い、このままじゃもったいないよ』と言われたからだ。それでその気になったのだ。
何か頭に浮かぶことを文章にするのは
面白い。だからこうしていろんなことをネタ帳にメモしているのだ。
これから,徒然なるままに感じたことを書いていこうと思う。
“戦いすんで日が暮れて”のブルース
一日中、懸命に働いた。
仕事を終えた時点で、もうほとんど体力も気力も残っていない。
なんとか、気力を振り絞って書いている。
地下鉄から夕陽が赤い。
こんな”夕日を見るのはいやだ。
いつになったら楽になるのか
達成感はないのか。
ない。
今日は疲れ果てたのだ。
早く家に帰りたい。

リチャード カールソンの『楽天主義セラピー』
この本を読むと赤井を思い出す。リチャード カールソンの『楽天主義セラピー』
『こんな方法があったんやな』と彼に語りかけることができたかもしれない。
この本の話しを生前の彼にすることができたら、そして彼がそれを実行に移していたら、まだ彼は存命だっただろうか。
そんなことが僕にできたろうか。
章という名前
人に勧められて、何か文章を残そうと思って書き始めている。
自分の名前である章をどんな字で書きますかと聞かれたときには“文章の章ですと応える。父になんで章という名前をつけたのか聞いてみたことがある。父は当初アキラという名前が気に入っていたのだが、明るい子になってほしいと思いから、明という字を当てようとしたらしい。
でも字各が良くなかったらしく。文章の章にした。
“名は体を表す”でなんとなくその人の人となりをみていると、それが名前に表れている気がする。
これから文章を書くにあたって、人生における人間の喜怒哀楽と生きている不思議(センス オブ ワンダー)を表現していきたいと思っている。
青い野球帽の水汲み男
彼はポケットがたくさんついたベスト姿で、蓮池の公園の方からカートを引っ張って歩いてくる。スーパーの無料ウォーターサーバーの水を目当てに入り口で開店するのをただじっと待っている。毎日欠かさずそこにいる。
